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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)3006号 判決

原告 株式会社 京都相互銀行

右代表者代表取締役 笠松齊

右訴訟代理人弁護士 北村巌

同 北村春江

同 古田子

同 村上充昭

被告 西元正明

右訴訟代理人弁護士 宇津呂雄章

同 上田隆

同 森谷昌久

被告 大嶋保

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 坂田宗彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録二記載の家屋の各占有部分より退去して同目録一記載の土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら共通)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録一記載の土地(以下、「本件土地」という。)は、もと小林一夫(以下、「小林」という。)の所有であったが、豊栄建設株式会社(以下、「訴外会社」という。)は、昭和五六年二月一三日、小林から本件土地を買い受けその所有権を取得した。

2  原告は、昭和五九年一二月二〇日、大阪地方裁判所の売却許可決定により本件土地を競落し、代金の納付を済ませ、その所有権を取得し、同月二二日、所有権移転登記を経由した。

3  被告らは、本件土地上に存在する別紙物件目録二記載の家屋(以下、「本件家屋」という。)の、同目録二記載の各部分を占有して、本件土地を占有している。

よって、原告は、被告らに対し、本件土地の所有権に基づき、それぞれ本件家屋の各占有部分より退去して本件土地を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1  被告西元正明(以下、「被告西元」という。)の主位的抗弁(被告西元の法定地上権)

(一) 本件家屋の取得経緯

(1) 本件家屋は、もと小林の所有であったところ、訴外会社は、昭和五六年二月一三日、小林から本件家屋を買い受けその所有権を取得した。

(2) 被告西元は、昭和五七年四月二八日、訴外会社から本件家屋を買い受けその所有権を取得した。

(二) 法定地上権

(1) 訴外会社は、昭和五六年二月一三日、原告との間に、本件土地につき①極度額金四八〇〇万円、②被担保債権の範囲、相互銀行取引による一切の債権、原告が第三者から取得する手形上、小切手上の債権、③債務者訴外会社の約定で根抵当権設定契約を締結し、その旨登記を経由した。

(2) 右根抵当権設定当時本件土地の上に本件家屋が存在し、いずれも訴外会社の所有であった。

(3) その後、右根抵当権に基づいて本件土地について競売が行われた結果、請求原因2記載のとおり、原告が本件土地を競落取得した。

(4) その結果、本件土地は原告に、本件家屋は被告西元に帰属するに至った。

(三) したがって、被告西元は、本件家屋の譲受人として本件家屋について法定地上権を取得した。

2  被告西元の予備的抗弁(訴外会社の法定地上権)

(一) 抗弁1(一)(1)、(二)(1)(2)(3)と同じ。

(二) 仮りに同1(一)(2)の売買が認められないとしても、原告が本件土地を競落取得し、本件家屋は訴外会社の所有であることから、訴外会社は本件家屋について法定地上権を取得した。被告西元は、訴外会社の右法定地上権に基づき本件家屋のうち原告主張の部分を占有している。

3  被告大嶋保、同井川みつ子、同岡崎赳(以下、「被告大嶋、同井川、同岡崎」という。)の主位的抗弁(訴外会社の法定地上権)

(一) 抗弁1(一)(1)、(二)(1)(2)(3)と同じ。

(二) 仮りに同1(一)(2)の売買が認められないとしても、原告が本件土地を競落取得し、本件家屋は訴外会社の所有であることから、訴外会社は本件家屋について法定地上権を取得した。同被告らは、訴外会社から本件家屋のうち原告主張の各部分を賃借し占有している。

4  被告大嶋・同井川・同岡崎の予備的抗弁

原告は、長期賃借権の負担付ということで低廉な価格で本件土地を競落取得したのであり、本件家屋の法定地上権を甘受すべき立場にある。それなのに、原告は、偶々本件根抵当権者でもあったことから、右根抵当権設定時の事情を主張して右長期賃借権を今になって否定せんとするものであり、原告の本訴請求は、信義則に反し、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、(一)の(1)は認め、(2)を否認する。(二)のうち、(1)(2)(3)は認め、(4)を否認する。(三)は争う。

2  抗弁2の事実のうち、(一)を認め、(二)を否認する。

3  抗弁3の事実のうち、(一)を認め、(二)を否認する。

4  抗弁4は争う。

五  再抗弁

1  対抗要件の欠缺(抗弁1に対し)

仮に被告西元が訴外会社から本件家屋を買い受けたとしても、本件家屋は前所有者訴外会社の登記名義のままとなっている。したがって、原告は、被告西元が本件家屋について登記名義を取得するまで、その所有権取得を認めない。そうすれば、仮に本件建物について同被告に法定地上権が成立するとしても、同被告はこれをもって原告に対抗できない。

2  信義則による法定地上権の不発生(抗弁2、3に対し)

(一) 訴外会社代表取締役西田雄一(以下、「西田」という。)は、本件土地及び家屋を購入して、本件土地を隣接する更地に見せかけ、これを担保として貸付金名下に原告から金員を騙取しようと企て、原告都島支店において、同店次長米谷祐一(以下、「米谷」という。)に対し、本件土地が右更地に当たるかのように改ざんした虚偽の公図写し等を示して、「この度本件土地を約六三〇〇万円で買取ることができるようになったので、その買取代金のうち四〇〇〇万円を本件土地を担保に貸して欲しい、借入金は右更地上に建物六戸を建築して代金合計一億三〇〇〇万円で売却して返済する。」旨申し入れ、さらに、真実は本件土地及び家屋を金一九〇〇万円で買い受けたものであるにもかかわらず、本件土地だけを金六三〇〇万円で買い受けたかのような売買契約書を偽造して、これを米谷に示した。

(二) 右欺罔行為により、原告は、本件土地が時価六三〇〇万円相当の右更地に当たると誤信し、これによって、訴外会社と、抗弁1(二)(1)記載の根抵当権設定契約を締結した上、訴外会社に対し、金四〇〇〇万円を貸し付けて、これを同社によって騙取された。すなわち、原告は、右根抵当権設定当時、本件土地上に本件家屋が存在することを全く知らず、本件家屋の存在を前提に本件土地を評価して右根抵当権を設定したものではない。

(三) 右事情の下では、訴外会社の法定地上権は信義則上発生しない。

六  再抗弁に対する被告らの認否及び主張

1  再抗弁1は争う。

2  再抗弁2の事実は知らない。

3  西田が改ざんした虚偽の公図写し等を示して原告を欺したとしても、原告は融資の専門家であるから、法務局の正規の公図を一暼すれば直ちに虚偽であることを看破できたのであり、四〇〇〇万円もの融資にあたり独自の調査をせず、西田の言葉や提出書類をうのみにした原告には重大な過失がある。すなわち、原告は、本件土地上に本件家屋が存在することを容易に知りえたのに、重大な過失によって知ることができなかったのである。原告の本訴請求は、原告のこのような落度を被告らに転嫁するものであって、許されない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実については、すべて当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1の事実(被告西元の法定地上権)について判断する。

1  抗弁1(一)(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁1(一)(2)の事実について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、訴外会社代表取締役の西田は、昭和五七年四月二〇日ころ、東海産業株式会社の担当者を通じて、大丸ハウス株式会社代表取締役の被告西元に対し、本件土地を購入しないかと持ちかけたこと、その話の内容は、本件土地上には本件家屋が建っているが、老朽化していて無価値なので、訴外会社が自己の費用と責任で取り壊して更地にして引き渡すというものであったこと、被告西元は、西田から、被告岡崎・同井川・同大嶋ら本件家屋の賃借人らが西田に本件家屋を明渡すことを承諾した旨の虚偽の移転料支払契約書を見せられ、本件家屋には賃借人として同被告らが入居しているが、移転料を支払えば同年九月末までに出て行ってもらえることになっていると告げられたこと、被告西元は、同年四月二八日、訴外会社から本件土地を代金五五八二万一二〇〇円で買い受けたこと、以上の事実を認めることができ、右認定事実に照らすと、前記供述はにわかに採用することができず、他に前記抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

3  よって、その余の点について判断するまでもなく、抗弁1(被告西元の法定地上権)は理由がない。

三  次に抗弁2、3の事実(訴外会社の法定地上権)について判断する。

1  抗弁2(一)、同3(一)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  そうすると、本件土地は原告に、本件家屋は訴外会社に帰属するに至ったものであるから、訴外会社は、本件家屋について右競売により法定地上権を取得したものというべきである。

四  そこで、再抗弁2の事実(信義則による法定地上権の不発生)について判断する。

1  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外会社代表取締役の西田は、昭和五六年一月ころ、東和住宅株式会社が本件土地の東側に隣接する大阪市西成区千本中二丁目二〇番の三(その後同年五月二六日同番八ないし一二に分筆された。)の更地二二四・二五平方メートル(以下、「甲地」という。)を買い受けて整地し地上に建物を新築して分譲しようとしていることに目をつけ、甲地に隣接し、本件家屋の敷地で貸家に供されている安い本件土地を買い受けて、これを整地されている甲地であると称して、原告より貸付金名下に金員を騙取しようと企てた。

(二)  西田は、まず、小林から本件土地及び家屋を一九〇〇万円で買い受ける交渉をし、その目処をつけたことから、昭和五六年一月二〇日ころ、原告の都島支店次長米谷に対し、本件土地が甲地に所在するものであると信じさせるためあたかも本件土地が甲地に所在するかのように改ざんした虚偽の公図写し等を示して、この度本件土地を約六三〇〇万円で買い取ることができるようになったので、その買取代金のうち四〇〇〇万円を本件土地を担保に融資してほしい、借入金は右地上に建物六戸を建築して代金合計一億三〇〇〇万円で売却して返済する旨申し入れた。

(三)  西田は、同年二月九日ころ、原告の都島支店において、米谷に対し、真実は本件土地及び家屋を所有者小林より代金一九〇〇万円で買い受けたものであるにもかかわらず、ほしいままに本件土地のみを同月九日小林から代金六三〇〇万円で買い受けた旨記載した虚偽の売買契約書を提出し、同人らをして、本件土地が更地の甲地で時価六三〇〇万円の価値があると信じさせ、その結果同月一三日、本件土地に抗弁1(二)(1)記載の根抵当権を設定し、原告より貸付金名下に四〇〇〇万円を騙取した。

(四)  その後真相が判明し、原告は、昭和五七年八月、西田を詐欺罪で大阪府警察本部に告訴し、同人は、昭和五九年一〇月二五日、大阪地方裁判所で懲役二年四月の実刑判決を受け、控訴審である大阪高等裁判所において、昭和六〇年二月二六日、懲役二年四月執行猶予四年の判決を受け右判決は確定した。

(五)  原告は、右根抵当権に基づき、大阪地方裁判所に競売申立をしたところ、本件土地の鑑定評価額は、更地価格が四〇〇五万円、長期賃借権がある場合には一七〇二万一〇〇〇円とされ、同裁判所は後者を採用し入札最低価格を一七〇三万円と定め入札に付したので、原告は債権の回収上やむを得ず二五〇〇万円で入札申込をして落札し、昭和五九年一二月二〇日、貸付金三〇〇〇万円とこれに対する利息金一三四一万四七五四円の合計四三四一万四七五四円に対する配当として二四〇九万四二九八円の配当を受けたが、未だ右残元金約二〇〇〇万円と競売の配当要求に加わらなかった一〇〇〇万円の残元金合計約三〇〇〇万円とこれに対する利息金の回収ができない状態にある。

(六)  被告大嶋は、昭和一三年ころから、同岡崎は、昭和一四年ころから、同井川は、昭和四一年ころから、それぞれ継続して本件家屋の別紙物件目録二記載の各占有部分を賃借しており、現在は、訴外会社に対し銀行振込で賃料を支払っているが、同被告らは、本件の前記一連の経過について何ら関知していなかった。

被告西元は、昭和五七年六月ころから本件家屋の別紙物件目録二記載の占有部分の鍵を保管している。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、原告は、訴外会社代表取締役の西田の欺罔行為により、更地である甲地に根抵当権を設定するつもりで、本件土地に根抵当権を設定してしまったが、実際には本件土地上には賃借人が入居している本件家屋が存在していたというのである。したがって、法定地上権制度の根拠の一にあげられる抵当権者、競落人及び設定者の意思の推測という点からすると、なるほど原告には根抵当権設定当時本件家屋の存在を前提とする右意思はなかったといわざるを得ない。

しかしながら、法定地上権制度の根拠は、抵当権設定契約における当事者の意思の推測に求められるにとどまらず競売手続の結果、建物所有者が土地を使用する権限を失い、建物を収去せざるを得ない事態に陥ることを防止して、建物の効用を全うさせる、社会経済上の不利益防止という公益的理由にあるというべきであり、かつ、法定地上権は、競売手続後の、建物所有者と土地所有者の利益を調整して社会経済上の不利益防止という公益的理由を全うさせるための制度であるから、建物について保護さるべき権利、利益を有するのは、ひとり抵当権設定契約当時の建物所有者のみならず、競売手続後の建物譲受人や、対抗力ある賃借人なども右のような権利、利益を有するものというべきであって、そのため、法定地上権制度は、強行法としての性格を有するものである。

原告は、前記事情の下では訴外会社の法定地上権は信義則上成立しない旨主張するが、法定地上権の成立要件の一つである「抵当権設定当時土地の上に建物が存在すること」という要件との関係で法定地上権の成否自体を抵当権者の地上建物の存否の認識ないし認識可能性とそれに基づく担保価値の評価という主観的基準に係らせることは、偶然的要素を多分に含み、物件明細書に法定地上権の概要を記載すべき執行裁判所や買受人に混乱を生ぜしめることになるのみならず、単に地上建物の所有者だけでなく、法定地上権の成否の結果を容認すべき立場にある地上建物の譲受人・用益権者あるいは後順位抵当権者ら多くの利害関係人の法的地位を不安ならしめるものであって、かかる偶然的事情によって地上建物の崩壊の可否が決せられるとするなら、地上建物の存立を保護し、その社会的効用を全うせんとする民法三八八条の立法趣旨とその強行法規性にも反する結果をもたらす危険がある。したがって、抵当権設定当時、地上に建物が存在している限り、抵当権者は法定地上権の成立を予期すべき立場にあるのであり、法定地上権の成否は、あくまでも客観的・外形的基準により判断すべきであり、抵当権者の地上建物の認識ないし認識可能性あるいはそれに基づく担保価値の評価といった主観的基準によるべきではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前認定の事実関係からすれば、信義則を考慮してもなお、訴外会社にその権利行使を許すか否かは別として、本件根抵当権設定時に本件家屋が現実に本件土地上に存在した以上、法定地上権は成立し、原告の本件土地に対する担保評価の上での前記誤信があったとしても、これが本件根抵当権設定契約締結上の詐欺、錯誤又は不法行為上の問題となるは格別、これが直接本件家屋についての法定地上権の成否そのものには影響を及ぼす余地はないと解すべきである。

以上の次第で本件家屋にそもそも法定地上権は発生しない旨の原告の前記主張は失当たるを免れない。

五  被告らの本件土地の占有権原について

1  前記四の各証拠によれば、被告らは、いずれも訴外会社から本件家屋を賃借したり、又はその居住を認められてこれを占有していることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  しかるところ、被告らは、訴外会社の本件土地に対する法定地上権を援用するところ、被告らは、右法定地上権の存在について保護すべき権利、利益を有する第三者であり、原告に対し右権利を行使するにつき信義則上これが許されない特別の事情は証拠上認められないから、被告らは、原告に対し、本件家屋の所有者である訴外会社の法定地上権をいずれも援用することができると解するのが相当である。

3  よって、被告らの抗弁(抗弁2・3)は理由があり、被告らは、本件土地をいずれも適法に占有しているものというべきである。

六  結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久末洋三 裁判官 小澤一郎 三井陽子)

〈以下省略〉

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